竹中 晴美さん
(フリーランスコピーライター)
たけなか はるみフリーランスコピーライター
ジャンル 地域づくり・観光
職種 新聞記者・出版関係
活動のエリア 長崎市
プロフィール
“基本、仕事は断らない。それが苦手分野を克服したかも”
「コピーライターって、カッコイイですね」とよく言われますが、実際は、カッコいいどころか心身ともにハードそのもの。私の場合、キャッチコピー(惹句)例えばポスターなど、10文字以内で表現する短文ワークが得意というか好き。「このひと言、この1行で、どうやって人をひきつけるか」毎回、ドキドキしますね。でも出来なかったら…というマイナス試行が絶えず来る。いつも、今でも、それの繰り返し。締め切りという時間との戦い。しかも使った知識は、補充しないと空っぽになる。絶えず自分を自由に遊ばせる、時代の動き、情報の先取りをすることが大事なので、仕事がない時でも、何か面白いことはないかと、ごそごそ動き回ってます。自営なので基本、仕事はお断りしない!お断りすると、もうないかもという危機感が絶えずあります。おかげで駆け出しの頃は苦手だった長文も、いつの間にか苦手意識を克服出来たかな。
“まさに運命的な瞬間にクロス?今の私に出会いました。”
小学校の頃、病弱で自宅療養ばかり、学校の図書と仲良くすることしかすることがなくて自然と本が大好きに。だからと言って将来の夢は、小説家になれるはず もなく…。東京からUターンしてブラブラしていたある日、テレビスポットで「コピーライター募集」の告知が。いま思っても、わずか15秒のテレビスポット が、現在の私と出会うきっかけになったのですから、まさに運命的な瞬間だったなあと。これでいいのかと迷うことなく広告代理店の扉を叩きました。広告代理 店から独立して30年以上になります。挫折したり壁に当たったり、転んだり、放り投げようと思ったことは何度もありますが、本気でやめようと思ったことは ないですね。自分の生き方そのもの?我儘な性格にも合った仕事だと、勝手に思い込んでます。
“ひとりは、気楽でいいねって。でも失敗は許されない。出来なかったとは絶対に言えない。”
私が30代の頃は、結婚もしないで、女性がいつまでも働くこと自体、余り良く思われない。それは公私ともに結構、大きな壁でした。やる気満々で独立したのは良いけど、まるで仕事がない、どんどん年はとる!?当時は、デザイン代はともかく文章にお金なんて…という感じでした。フリーランスのコピーライターが、たまたま私ひとり(あまりに無謀だから?)それが幸いしたのか、マスコミに注目をされ、いつのまにか仕事が舞い込み始めました。それからがもっと大変。お金を頂くからには、絶対に失敗は許されない。間に合わない、出来なかった、ごめんなさいでは済まされない。締切まで、毎回、胃がキリキリ痛んで眠れない。雇われていない気楽さや自由はあっても、責任は全て自分、ひとり。でも完成した作品がきちんと評価を受ける。その一瞬で、また立ち上がれる。確かに 30年以上も、よくやってこられたなあというのが実感。
“10年後も、あまり変わらず自由気まま”
今年で30年目になる「長崎ウーマンズ・ウオークラリー」は、体力的に無理かな。コピーライターとしては、リタイアしてる。ライフスタイルのひとつとして取り組んでいるトイレ文化活動は、きっとやっているはず。でも何か減らした分だけ、また何かに関わって、相も変わらず忙しくしている自分の姿が目に見えるよう…。
(更新 平成28年3月)
ライフヒストリー
30歳 フリーランスとして独立自営になる
37歳 大浦お慶さんとの出会いから「長崎ウーマンズ・ウオークラリー」を発案及びトイレ活動に関心を持つ
39歳 結婚
47歳 トイレ本「まあだだよ」出版、本格的にトイレ活動を始める
61歳 トイレ活動を組織化し「みんなにやさしいトイレ会議実行委員会を立ち上げる
64歳 「長崎ウーマンズ・ウオークラリー」が再びスポンサーなしでの活動からシャボン玉石けんとのご縁
67歳 提案型市民協働として「みんなにやさしいトイレ会議実行委員会」が次年度の向けて大きな取り組みを企画している
Q. 現在のお仕事(活動)の内容、始めたきっかけなどを教えてください。
Q. お仕事(活動)と家庭の両立で工夫していることは?
普段出来ないことは、お休みの日にまとめてやる。
Q. プライベート(休日)の過ごし方は?
Q. 座右の銘(好きな言葉)は?
理由などあれば合わせて教えてください。
性格は、かなりわがまま。だから人の言うことを聞かない。周りを振り回すけど、でも人には優しいと思います。
Q. これからしたいこと(今後の目標)は?
Q. 後輩女性へのメッセージをお願いします!